Top >  エッセイ - Essay-

エッセイ - Essay-

エッセイをここに、どんどん書いていきます。
ご愛読、よろしく。
とにかく書いていこう!(to 私)

ツイてる! -Essay-

ツイている日だった。

まず、地下鉄でいうと、往きも、帰りも、私が(帰りは、私たちが)ホームに着くなり、見計らったようにその姿を現してくれた。完璧なタイミング。ありがとう!

リアルエステイトのオフィスへ出向くと、連絡してあったお客さんがみえて、アパートに案内する。殆んどすぐさま気に入ってくださって、すぐにオファーとなった。
(実は一週間前にお見せしたときは、改装中もいいとこで、いくらこれからキレイになります!といっても、イメージがわかなかったよう。今日はその点、ほんとうに美しくなっていたので、お客さんも大いに心を動かされたというわけ)

つまりは2時間半のうちに、ご案内、決定、そして必要書類の提出、オーナーへの書類提出のすべてが完了したことになる。いくら見たのが2度目とはいえ、これは快挙だ!

そして更に続く快進撃。
帰りに私はある本を捜すために、ブックオフへ寄ることにしていた。

そのある本とは、「夢をかなえるゾウ」 水野敬也著 

昨日、メールを見ていたら、相当強力にオススメ!となっていたので、しかも -夢かなえ本-なので、もちろん私は、大いに興味をそそられた。読みたい!そして、ベストセラー作家になりたい!

ちょっとドキドキして、ブックオフへ。あるかなァ~、それとも・・・
これこそ、今日の私の “運” が問われるときではないか。

まずはいつものように階段を下りていく。その手の本が置いてあるのは、地下階である。

下りたところにある、見出し本が並ぶ棚を何気ないフリでのぞいてみる。いきなり、この本があればおいてあるであろう、自己啓発系のところに行かないところがミソである。
それだけ、期待度が大きい。あって欲しい!と、実は、かなり、かなり願っている。

まずはちょっとフフーン、という感じで、林真理子女史の文庫などめくってみる。もちろん、面白そうではある。
パラパラめくって、走り読みしたりして、他の女流作家のものもあるので、視線をやったりしている。そのうち、心では、そろそろ移動して捜すか、という信号もきはじめた。
よいよ結果発表のときが近づいている。

で、ふと脇にあった、見出し本コーナーに目をやって、思わず我が目を疑った。
な、なんと、そこにしっかりと、「夢をかなえるゾウ」が立てかけてあるではないか!!
絶妙すぎるタイミング、である。

しかもである、もし、私がそのまま自己啓発コーナーに突進していたら、この本を見つけることはできなかったかもしれないのだ。
それを考えると、もうこれは、ツイてる!としかいえない世界である。
感謝~!

フツーにオーダーして買ったら、海外だから、それこそ定価の何掛けにもなった値段になるのである。それが、ここブックオフで見つかったので、ほんとうに、ほんとうに、ほんとうに、ラッキー!

さて、42ストリートからは、バスでダウンタウンに。だって、そこに家があるのでね。
で、しばらく待ってこないので、やはり地下鉄にと思って、通りを渡ったところで、バスが来るのが見えた。

急いで戻る。と、な、なんと、このところずっと会えずにいて、昨日久々に長電話したお友だちが、そこに居たのであった。息子さんと一緒に、同じバスに乗るために。
昨日の今日、しかもこのタイミングは何だ!これを、来てる!といわずしてなんだろう。
良い波長が、どんどん押し寄せている-、もう、そんな感じである。

お友だちがバスを降りていったあと、先ほどの、「夢をかなえるゾウ」を取り出し、今度はこの本を、ワクワクと読み始める。
空いているバスに揺られながら、手に入れたばかりの期待の本のページを繰るのは、私にとって至福のひとときである。
このバス、M2 かM3 なら、終点まで載っていけるので、本に没頭しても、乗り過ごす心配はないし。

この本は、「ストーリーとしても面白く読め、しかも効果も絶大」と、一人ならずの人々が超オススメに取り上げていた本。
大阪弁のゾウと、僕の絡みといい、語り口もほんと、おもしろ。

でも、テーマは“自分を変える”、“成功する”、である。そのおもしろストーリーの底から、ヒョイヒョイと浮かび上がってきては、読む者の心に浸透させていくなにかがある。確かにある。

1日1つずつ、ゾウの言いつけ(課題)を守っていくらしい。
そうすると、成功する僕ができていく、そういうことらしい。

バスの中では、1日目の「靴をみがく」、そして2日目の「募金する、寄付をする」と、読み進んでいって、ウムッ、と私は思い出すことがあった。

といってもそう遠い昔の話ではなく。それは、今朝の地下鉄でホームレスの人にお金をあげたこと。これは、寄付というのか、募金というのか。

ニューヨークの地下鉄に乗ると、ミュージックのバンドあり、コーラスグループあり、そして見るからに大変そうな身なりのホームレスありで、車両の中をパファーマンスしたり、訴えのスピーチをしたりで通っていく。

ホームレスらしき人たちは、ただ物乞いをする人はいず、みな地下鉄の騒音にかき消されないように、声をはりあげ、自分たちの窮状を訴え、お金や、食物の寄付をあおぐ。
以前はもっと多くの人たちがお金をあげていた記憶があるのだが、最近は景気も良くないこともあってか、1車両で誰もあげない光景を目にすることもある。

そういう私も、普段はあげるほうではないのだが、今日の乗ってきた男の人には、4歳の女の子もいるらしい、食べ物でもなんでもいいので、と訴えていた。
スピーチが終ってこの人は座席を回り始めたが、だれもあげる気配はない。
どうしてか、今日に限って、私にはあげようという気が沸き起こり、財布から$2を出してあげていた。
(もしかすると、今朝、マリア・テレサの本を数ページだったが読んだせいもあったのだろうか・・・)

「God Bless You」と、その人は言い、また人々の前を回り始めたが、結局、その車両であげたのは、私1人だった。

次の駅で、また別のホームレスの人が乗ってきて、演説を始めた。私が思ったのは、またこの人にもあげるべきなのか、ということだった。
今度の人は足を引きずっている。そして、前の人よりは長めのスピーチだった。

終ってまた、人々の前を回り始めると、今度はなんと5人ぐらいの人たちが、それぞれにお金をあげはじめた。
この人のスピーチの方が、訴える力があったのか、とも思ったが、私が思ったのは、いや、そうではない、これは前の人のときに、私があげるのをみて、アー、自分もあげればよかったと悔やんだ人が、今度こそと、あげた結果だ、と、私は勝手に解釈した。いいほうに(これが大事)解釈した。
そして、この人には、今回、私はパスさせてもらった。(ここはちょっと微妙なところだが)

で、一日も終ろうとする頃、この夢見るゾウの、「募金する、寄付をする」に行き当たったとき、私に閃いたことがあった。

今日一日ツイていたのは、もしかしたら、今朝の“募金”が大いに関係していたのかもしれない、と。

収入の10%(ユダヤ教などの教えの基準)とまではいかずとも、困っている人や社会のためにお金を募金、寄付するパワーは、昔からいわれているだけに、その威力はほんとうに、凄いのかもしれない。 
  

 
                                                   6/28/08(土)


エッセイ - Essay-一覧

ツイてる! -Essay-

ツイている日だった。 まず、地下鉄でいうと、往きも、帰りも、私が(帰りは、私たち...

ツイてる! -Essay-の続きを読む>

 |  トップページ  |  次のカテゴリ「小品」へ >


私の姉妹サイト